賞味期限に頼らぬ知恵

「消費期限」・「賞味期限」の偽装事件が頻発した昨年、しかし偽装事件は後をたたない状況にある。偽りの情報で物を売ることは、詐欺行為だから無論いけない。
そうはいっても、すぐ廃棄という措置も頂けない。

食品の表示には「賞味期限」と「消費期限」がある。前者は黄色信号、後者は赤信号と思えばいい。消味期限を過ぎた食物を、大量に廃棄している映像がテレビ で流された。飢餓に苦しむ難民を見た後なので「ちょっと待って」と声をかけたくなった。地球規模で食糧不足が叫ばれているのに、日本だけこんな無駄をして いいはずがない。大体、賞味期限とは単なる食べ時の目安ではないか。規制をかける必要があるだろうか。生産者の自主的表示でいいのではないか。腐ったもの を買わされるのはまっぴらだが、あれは多少劣化しているだけだ。食中毒は、ボッリヌス菌やサルモネラ菌などで起こりうるが、賞味期限とは無関係に製造の過 程で混入する。

近頃、日本人には過剰な無菌志向がある。もともと私たちの周囲はバイ菌だらけである。カビや細菌、総称してバイ菌と人類は共存しながら進化してきた。昔 は、多少雑菌が増殖した物を食べてもおなかを壊すことはなかった。口から入る日常の雑菌に曝されて腸管の免疫が強化され、下痢を起こすバイ菌に抵抗力を獲 得する。アレルギー体質も少なくなる。
子供がたまに発熱したり、下痢したりするのは、バイ菌との戦い方を習得しているからである。学習の場は主に腸管である。成長の時期にここで戦い方を学習しないと、雑菌に対する抵抗力が弱くなり、逆にアレルギーを起こしやすい体質になる。
免疫学者の私が言うのだ。信じていい。かといって、私は腐ったものを食べろなどと乱暴なことは言っているのではない。過剰な無菌志向は、かえって抵抗力を 損ない、アレルギー体質を招くと言っているだけだ。環境がきれいになった今の日本で、アレルギーは国民病となった。戦前のはなを垂らした子供にはアレル ギーなどなかった。開発途上国の子供にもアレルギーは少ない。

発酵食品など伝統的保存では、菌たちがお互いにバランスを保って病原菌の増殖を抑えているのである。こうした古人の知恵に学ぶことが必要である。本当に危険な「消費期限」を表示させて、後は消費者の選択に任せたらどうか。それが本当の「食育」である。

消費者は、表示に頼らず、自らのリスクで食物を選ぶ知恵を持つべきである。
偽装に惑わされることなく、資源を無駄にしないよう心がける。それより表示に頼って、食物の有難さを忘れるほうが怖い。消費者には、賞味期限を過ぎた食品 の、安全な食べ方、保存法の指導が必要だ。生産者には作りすぎないように生産調整の指導をする。そうでないと、毎日何万トンもの食品が無駄になる。再生食 品や飼料とする方法も開発しなければならない。世界的な食糧危機が叫ばれている現在、食品がちょっと劣化したくらいで廃棄したら罰が当たる。

 

(2008・「落葉隻語」より抜粋:免疫学者 多田富雄氏)